コミュニケーション力の問題-英語や外国語を流暢に話すグローバル人材養成方法 How to be a Japanese global business person|大阪梅田マンツーマン英会話スクールAtlas

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コミュニケーション力の問題


コミュニケーションは難しいコミュニケーション、意思疎通と言葉にするのは簡単ですが、実は非常に難しい概念だと私は思っています。まず私がコミュニケーションについてどう考えているかについてお話します。
 

先日、参加したとあるセミナーで経済学者のピーター・ドラッカーの言葉が紹介されました。日本でしか有名ではないこの方は企業の根幹はコミュニケーションみたいなことを言っているようです。ある意味正しいですが、正しいゆえに危険な考えだと思っています。
 

仕事をしていて、何か問題が発生したときに経営者や上司が「それはコミュニケーションの問題だ」と問題の原因を指摘することがあります。この言葉を聞くと私は絶望感を感じてしまいます。なぜなら、「発生した問題の原因をコミュニケーションと決めつけた場合、解決策はほぼ存在しない。」からです。
 

経営者や上司にとって、「コミュニケーションの問題だ」という言葉は解決策を簡単に部下に押し付けることができる魔法の言葉です。しかし、解決策は絶対にでてこないでしょう。なぜなら、コミュニケーションという数値化できないものを解決策の鍵にすると解決したかどうか、改善されたかどうかがわからなくなるからです。
 

たとえば、顧客となにかの問題が発生したとしましょう。そこで上司に「コミュニケ―ションの問題」と言われてトラブルのあった顧客に翌日より毎日2回電話するようにしたとします。毎日2回電話することでいったい何が解決するのでしょうか?
 

それに、話すことがなくなれば、お互いにとって鬱陶しいだけですからそのうちにやめてしまいますね。そして最終的に問題が解決されたと言えるのでしょうか?あるいは「社内のコミュニケーションが悪いのが問題」といって、週1回関係部署と飲み会をしていたらどうなるでしょうか?
 

お互いのプライベートなことがわかるようになりますが、肝心の仕事のところでのコミュニケーションは改善されるのでしょうか?むしろ、組織が仲良しクラブ化するだけで生産効率があがるわけではないのではないでしょうか?
 

もっとも、日本人や中国人、そしてラテン系は、生産効率より人間関係を重視する民族なので、それはそれでいいのかもしれませんし、自分自身では生産効率があがったと勘違いしていてもいいのかもしれません。その結果、世界での競争力がどうなってしまうのか私は知りませんが。
 

さて、コミュニケーションが非常に難難しいと思うのは、同じ言語を使っている者同士だからといって必ずしも常にコミュニケーションがスムーズになるわけではないという面もあります。
 

以前の会社に勤めていた時の話ですが、同僚と昼食をとるために、ある喫茶店に入りました。そのお店ではランチセットがあって、コーヒーか紅茶がついています。そこで私がアイスコーヒーをたのむと店員さんが、「アイスコーヒーだと50円増しですが、どうしましょうか?」と聞いてきました。そこで私が「あ、けっこうです。」と言いました。それから20分後、ランチの後にでにでてきたホットコーヒーをみて、同僚が「僕は、矢島さんがアイスコーヒーを頼んだと思ったけど」とつぶやきました。まさにその通りで、私は「50円増しでも結構ですのでアイスにしてください。」という意味で「あ、けっこうです。」と言ったのです。
 

いつも一緒に働いている同僚は、その微妙なイントネーションで私のいいたいことを理解していたのですが、面識のない喫茶店の店員さんは「あ、けっこうです。」を「50円増になるのなら、アイスコーヒーはいただきません。」と捉えたようです。
 

たいした問題ではないのですが、ここでもし私が「それでも、けっこうです。」とでも言えばアイスコーヒーが出たのでしょうか?非常に難しい問題ですね。こういった行き違いはいろいろな場面にあります。
 

しかし、これが仕事の中ではかなり致命的な事故になりかねません。そして、一を聞いて十を知るタイプの頭のいい人ほどこういう勘違いが多いようです。それでも同じ日本人同士であれば、コミュニケーションによる事故の回数は少ないかもしれません。
 

これが、言語が異なる者同士でのコミュニケーションの場合なると、行き違いから起こるトラブルの数は激増しますし、トラブルから影響はしゃれにならないくらい深刻なものになるかもしれません。
 

これは中国での話です。とある業界のトップが、中国に興味があるらしく頻繁に通訳をつれて北京などの大都市に行っては、大学や役所のかなり上のクラスの人と話をしていました。その中で、私のところに、「その日本人が中国人の先生と、4月に日中共同で交流研修会を開催することに合意した。」というニュースが入ってきました。
 

そこで私は、それを現地の中国人スタッフに確認させました。そうすると、予想はしていたことですが、話が食い違っていたりします。先方の中国人のコメントはこうです。「たしかにそういう話はしたが、合意した覚えはない。」
 

こんなトラブルは中国などではよくあります。想像に難くないのですが、おそらく中国人の先生は、日本人の先生に対して「ミンバイ(=わかりました)」と言ったのでしょう。
 

ところが、中国人が「わかりました(ミンバイ=明白)と言ったことは、必ずしも同意ではないということです。この言葉は時と場合によっては、「もう別の話をしましょう。この話はしたくない。」という意味で使われることがあります。日本人は中国人通訳を交えての会話をしていましたが、中国人通訳は正しく通訳をしていたのでしょう。
 

しかし、この日本人は中国との交流というところでなにかの実績が欲しかったので、「わかりました」を拡大解釈して「自分の提案に合意した」と思ったのでしょう。いくら通訳者が、相手が「もう別の話をしましょう。この話はしたくない。」という意味で「わかりました」と言ったのをわかったとしても、そのようにには訳せません。なぜなら字面的にはそれは誤訳になるからです。
 

これと同じようなことが英語でもあります。Thank youという言葉が時として、「もうその話はやめて、別の話題にしよう。」という意味で使われたり、軽い冗談のニュアンスを含む使い方をすることもあるのです。さて、ここまで3つの例をあげてコミュニケーションの難しさをあげてきました。
 

つまり、同じ言葉を使っていても、必ずしも意思の疎通が100%なされるわけではないし、まして違う言語で話しれば意思の疎通は難しくなるということです。

Index 4.Atlasによるコミュニケーションの定義
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